漫才1「ねーちゃん」
ボケ「あの、本当にあった怖い話してもいい?」
ツッコミ「怪談話て。みんな漫才聞きにきてるんやから」
ボケ「いやでもどうしてもいま聞いて欲しいねん」
ツッコミ「そうか。そんだけ言うんやったらすんません、ちょっと聞いてもらえますか」
ボケ「あのさ、オレ、姉おるやん」
ツッコミ「うん」
ボケ「おらんかった」
ツッコミ「え?」
ボケ「ひとりっ子やった」
ツッコミ「え、あの、原付きで100キロ出すねーちゃんおらんの?」
ボケ「おらんかった」
ツッコミ「あの、恵方巻き勝手にええ方角決めつけんなって地面むいて食うねーちゃんおらんの?」
ボケ「おらんかった」
ツッコミ「焼きそば手づかみで食べるねーちゃんおらんの?」
ボケ「それは知らんぞ」
ツッコミ「嘘つきやん」
ボケ「嘘ではない」
ツッコミ「いや、おらんねやろねーちゃん」
ボケ「おらんねん」
ツッコミ「嘘やん」
ボケ「いや、違うくて。確かに存在はせえへんけど、ねーちゃんおってんて」
ツッコミ「いやどーいうことやねん」
ボケ「ねーちゃんおったって記憶あるねん」
ツッコミ「そんな言われてもな。確かに長年の付き合いやけど、ねーちゃん見たことないで」
ボケ「流れ星あるやん」
ツッコミ「変な文法やな」
ボケ「あれにお願いしたら、次の日おってん」
ツッコミ「怖い怖い。なにこの人」
ボケ「いやだから怖い話言うてるやん」
ツッコミ「ちゃうねんお前が怖いねん」
ボケ「でも、確かに姉はおるねん」
ツッコミ「いやまずな。姉ってことはお前より先に生まれてないとおかしいわけやん」
ボケ「そういう人類のさだめをひっくり返すのがお星様の思し召しやろ」
ツッコミ「あかんあかん。スピリチュアルやこの人」
ボケ「でもな、オトンもオカンもあんたに姉なんかおらへんいうねん」
ツッコミ「おらんねやからな正しいやろ」
ボケ「そんでな。もしかして実はねーちゃんは戸籍なくてオカンもオトンも存在を揉み消そうとしてるんかなって思ってん」
ツッコミ「ひと昔前の中国みたいなん起きてるやん」
ボケ「それで興信所にお願いしたんよ。300万で」
ツッコミ「めっちゃ使ってるやん」
ボケ「当たり前やろ。俺のねーちゃんはいまどこかで生きるか死ぬかの瀬戸際かもしれへんねんぞ」
ツッコミ「まぁ存在してるかどうかの瀬戸際やけどな。ほぼアウトの」
ボケ「そしたら驚きの事実がわかって」
ツッコミ「うん」
ボケ「姉、おらんかった」
ツッコミ「いや、すべてが姉を否定してるやん」
ボケ「興信所の人も、もっと調べるならまだお金必要ですけどって言われて」
ツッコミ「ええカモや思われてるやん」
ボケ「わかりました。臓器売ってきます言うたら止められたわ」
ツッコミ「ええカモやと思ったらヤバいやつやったからな。そら止めるわ」
ボケ「まぁ、もう売る臓器もないんやけどな。ハハッ」
ツッコミ「怖い怖い。え、売ったんもう」
ボケ「売ったよ。ねーちゃんのピンチなんやから」
ツッコミ「いやもうそこまできたらお前のピンチやん。ねーちゃんもそこまでして欲しくないって絶対。あと、なにが残ってるねん」
ボケ「なにもない」
ツッコミ「なにもない。え、空ってこと?」
ボケ「皮膚、空。」
ツッコミ「怖い怖い。あんたいま中身空洞なん。骨までいってるやん。そんでどうやって生きてんねん」
ボケ「流れ星あるやん。アレ」
ツッコミ「すごいな。流れ星。そんなら姉もっかい頼んだらよかったやん」
ボケ「いや流れ星さんにそう言うたんやけど。おらんものはおらんから無理ですーってバッテンつけて断られた」
ツッコミ「森羅万象すべてが姉否定派やんけ」ボケ「まぁ、気長に探すわ。人生100年言うてな ハハッ」ツッコミ「いや多分そんなお前もたんやろ。即死や」
ボケ「まぁこれが怖い話ってことで。よし、漫才やろかい」
ツッコミ「こんなん話されて漫才できるか もうええわ」
ふたり「ありがとうございました」
小説「物真似屋という仕事」
#ものまねを練習したくなるコピー
#第55回コピグラ
というお題でコピーを書く大会で全然コピーじゃないものを書いたものが出てきました。
◆ ◆ ◆ ◆
物真似屋という仕事がある。わたしがそれだ。それで日銭を稼いでいるわけだ。声で物真似できるものなら、なんでも真似てみせる。喉だけ怪人二十面相よろしく、わたしの喉は七色どころかRGB指定なんでもいける。まあ、そんなアングラな仕事なわけで、だいたいの仕事はおおよそ人には言えないことばかり。小さいことなら不倫の言い訳に職場の上司の物真似をしてみせたり。大きいことなら前日の深酒で喉を潰したアーティストの代わりに武道館満席の観客に向けて歌ったり。物真似なんて、まぁ、本物の代わりなわけで。影武者が出しゃばると殺されるように。わたしはすべての偽物として、陰日向を生きていく。そう決めました。そう決めて生きてきました。
「おじいちゃんの代わりになってほしい」
そんなわたしには眩しいくらいに未来が輝いてみえる男の子が、事務所の小汚いソファーに座ってそう言いました。事務所と言ってみたものの。外から見れば、マンションの一室。中を見てみても、1LDKのリビング。住まい兼事務所みたいなもの。向かいあった小汚いソファーと、間にもっと汚いローテーブル。わたしと男の子はそんな柔らかくもないソファーに腰かけたまま。言葉には返事せずに、男の子を観察する。
男の子はランドセルを背負ったままで、まさしく学校帰りといった風貌。Tシャツに短パンに運動靴。小学生の絵をいろんな人に書かせた平均値みたいな小学生。つまりは、ごく普通の一般人。わたしはポケットからのど飴を取り出して食べると、その袋を灰皿に捨てました。この仕事をすると決めたとき、煙草をやめたのです。この仕事で生きていくと決めたとき、本当に煙草をやめたのです。
「そのおじいちゃんってのは」
「俺のおじいちゃん」
「どうして」
「おばあちゃんを騙すために」
わたしを遮り、未来でも見てきたかのようにどんどん喋る男の子。これだからこどもは嫌いなんです。こどもっていうのは、独善的で自己中心的で傲慢で我が儘で無知で愚かな生き物なんです。そして、なお、それが許されると思っている。そういうものなんです。
飴玉を音を立てながら噛み砕き、睨みつける。大人を舐めるんじゃないぞという気迫を見せつける。しかし、男の子は目を逸らさない。初めて彼を概念でなく、彼として見た気がする。彼は、年相応に見えないくらい大人びた顔をしていた。それでも、わたしはこどもを悪に染めるわけにはいかないのだ。陰日向を生きる。そんなことしたら、陰大通りを見世物のように大騒ぎしながら練り歩くようなものだ。
「わたしへの依頼料は安くないですよ」
金銭的な話をすることで、彼に残酷な現実を突きつけてやろう。さあさあ、いくらふっかけましょうか。お小遣いじゃ足りないほどの。お年玉じゃ足りないほどの。どこでここのことを嗅ぎつけたかは知りませんが、彼は往来に戻るべき人間。このような路地に迷い込んではいけないし路地の住人としては彼を戻してあげることこそが責務なんです。
「1000万」
思わず、目を見開いた。
1000万の価値を本当に知っているのかもわからないほどの齢をした彼はランドセルからじゆう帳と筆箱を取り出して、ソファーに体育座りをしながら膝にノートを乗せて書き出した。その姿はまさしく小学生にしか見えないが彼がつらつらと呟く言葉は、小学生の枠を遥かに超えていた。
「ウチのおばあちゃん、すっかりボケちゃっててさ。家の金庫にたんまりお金を溜めこんだまま病院に入院しちゃってさ。それでウチの親が番号を聞いても、主人にしか言えませんの一点張りで」
話を続けたまま、彼は鉛筆を走らせる。
「でも、おじいちゃん亡くなってるから誰も聞き取れないわけじゃん。そんで、おばあちゃんが亡くなったら業者に頼んで開けようって話になってるみたいなんだけどさ」
おばあちゃん、おじいちゃん、金庫、業者、パパママ。さまざまな人たちが矢印で結ばれていく。さらさらと、彼はこの説明を前もって考えていたようだ。小学生の概念みたいだったこどもが、急に得体の知れない怪物みたいに見えてくる。
「その前に俺が金庫の番号を聞いて、全部貰っちゃおうかなって」
金庫から走る矢印が、俺という言葉を指した。目が合う。にやりと笑っている。俺という言葉の横にもうひとつ言葉が増えた。平仮名3文字。あんた。この場合のあんたは、まぁ失礼ではあるが、つまり、わたしだ。
「だから、あんたにはおじいちゃんの物真似をして金庫の番号を聞き出して欲しいんだ」
できるだろ、と言わんばかりの。できる前提でわたしはもう計画に組み込まれていた。彼はノート上の金庫という文字からまた鉛筆を走らせていく。2000万。大きな数字を大きく書くと、そこから二股の矢印で、俺とあんたという文字に繋いでいく。
「金庫のなかに入っているお金は、推定2000万円」
「だから、あんたの取り分は半分の1000万」
あんたの横に1000万と書いたところで満足したのか、ノートを突きつけるように見せてくる。なるほど、こうして言われると報酬として1000万が妥当であることやわたしが必要であることがすんなりと頭に入ってくる。しかし、わたしはひとつ聞かなければならないことがあるのです。
「君は、その1000万でどうするつもりだい?」
この問いこそがいちばん大事なことだった。わたしは、この子がどうしてそんなことを思い立ったのかを知らなければならない。その答えを得て、わたしは彼の気持ちを確かめるのだ。彼は答えた。日常的な声で。
「おばあちゃんの立派な墓を作る。」
彼があまりにも変なことを言い出したので、わたしは思わず声を出してしまった。へ。というその間の抜けた声に、彼は説明不足だったことに気付いたのか。頬を掻きながら補足しはじめる。
「えーと、おばあちゃんはウチの親に嫌われていたから、きっと立派な墓なんて作ってくれないはずだし。たぶん、お金だって好き勝手使うと思うんだ。だから、俺がやらなきゃいけないんだよ」
もう一度、だから、俺がやらなきゃいけないんだよ。と小さく意志を固めるように呟いたところで、わたしは大きな声で笑ってしまった。いい意味で狂ってる。おばあちゃんのために、おばあちゃんを騙し、おばあちゃんのお金を奪う。こんな狂った正しさは、わたしの人生において存在しなかった。これは正しいのか。これは間違っているのか。わたしには、わからない。だが。
「なに、笑ってんだよ」
この仕事は、面白そうだ。
「いいでしょう。引き受けましょう」
腰を上げて、手を差し出す。彼もまた、わたしの手を握る。その手は潰れてしまいそうなほど年相応に小さかった。
こうして、わたしたちのクライムコメディーが幕を挙げた。
東京タワーを見て、わたしが思いついた作り話。
「ゲームをしてたんだ。よくある昔のロールプレイングゲーム」
鼻が少しばかり赤くなった彼女は、白い息とともに呟いた。
「そしたらさ、雪が降るステージにたどり着いたわけで」
「ああ、もうすぐ終わるんだなこのゲームはって思ったの」
すん、と鼻をすする音が響く。静かに降る雪をまっすぐ見据えながら彼女は、家で母親に話しかけるような声で喋る。
「なんでかさ、冬って、雪って、終わりを告げにきた気がするんだよね。でも、これってきっと私だけじゃないはずなんだ」
話が長くなりそうなので僕はその場に座り込む。声が少し頭上から降ってくる。
「春から冬へ。気温が上がり、下がる。ゲームの最終盤はいつだって雪が降っている。冬が、雪が、何かを殺して終わらせにやってきた悪魔だと思ってるんだよ、みんな」
赤い悪魔ならぬ、白い悪魔だね。と小さく呟き、軽やかに笑う彼女は目の前ではらはら降っている雪を壁にもたれながら眺めていた。横に置いていたバックパックの中に入れながら、口を開く。
「温度は分子が運動して起こるエネルギーらしい」
水筒を取り出して、蓋を開ける。
「だから、気温が下がりつづけると、運動しなくなって分子が止まってしまう。ある意味それは絶対的な死で、僕たちは冬が引き連れてくる死の予感を怯えてるのかもしれない」
コーヒーの匂いが鼻先をくすぐった。それを彼女に差し出す。
「ムツカシイハナシはわかりません。イナカモノなので」
水筒を受け取りながら、けらけら笑う。氷点下を感じさせないような身振りだ。
「田舎は嫌い」
コーヒーをひとくち。ふたくち。ゆっくりそれほど飲むと、彼女はまた口を開いた。
「それこそ、見えない氷に閉じ込められたような、南極で見つかったマンモスみたいにさ。どこまでも熱を帯びていく世界で、あそこだけが氷漬けにされたみたいでさ」
こちらも見ないまま渡された水筒に、口をつける。温かい。熱がそのまま胃に伝わり、身体の隅々まで駆け抜けていくのを感じる。彼女はいま得た熱を使うように静かな怒りに目を滾らせていた。
「なーんにも変わらないまま」
僕たちが雪から逃げている軒先から数歩歩く。ふらふらと遊ぶように、ゆらゆらと踏み締めるように。その足跡は綱渡りでもしているかのように一直線だ。
「雪は好きだよ」
振り返る。先程よりは熱を取り戻した顔でこちらを見据えている。
「積もったら、変わらない。真っ白だ。田舎も、都会も」
ほら見てよと言わんばかりに、彼女は指差した。一面の銀世界。何にも汚されていない世界が広がる。ひとつを除いて。
「東京タワーは残ったけどね」
東京タワーが悠然と立っていた。赤色の塔は役目を終えた今でも、自分の足元が雪で埋れてしまってもその姿を維持している。
「意地悪おっしゃる」
にやりと笑う。
「でも、おかげで、東京観光の目印になりました。ありがとう東京タワー」
ぱんぱん、と彼女は東京タワーに向けて手を叩いてから深々と一礼する。
彼女の頭に積もっていた雪が落ちた。
「地下になんて潜らないよ絶対」
先程の動きで少し疲れたのか、彼女はまた僕の横に座っていた。地下というのはシェルターのことで、人類が避難する施設だ。
「べつに勧めてないさ」
春から秋がなくなったのはいつのことだろう。冬が、雪が、止まらなくなったのはいつからだろう。地球が氷河期になったというのはいつからなんだろう。
「ほら、さ。若者のミライガーとかさ、君は死ぬなんてもったいないとかさ、なんかないの?」
僕たちは8階建てくらいのビルの屋上にいて、その下はもう雪に沈んでいた。人類は地上を諦めて、みんな地下に潜ったそうだ。
「好きにしたらいい」
たぶん、物好きな僕らを除いて。
「君の物語の最終盤なんだから」
出会ったのも偶然だ。地下という窒息しそうな空間で生き伸びていくより、この白い空間で凍りたい。ただどうせ凍るならと高いところでと思ったら、彼女がやってきた。
「まあ、それなら」
そう言ってごろんと彼女は寝転がった。それに合わせるように、僕も横になる。赤い東京タワーが視界を覆う。
「私のハッピーエンドは東京タワーを見ながら凍ることだよ」
その言葉に、そういえばと疑問を口にする。
「スカイツリーにしなかったのはなんで?」
東京タワーより、スカイツリーのほうが新しいじゃないか。軽い、ささいな疑問だ。
そんな気持ちとは裏腹に、彼女は急に起き上がり、眉をへの字にしながらしかめっ面で東京タワーを指差した。
「それじゃあ、まったく映えないじゃない」
ああ、なるほど。白い雪。白い街。白い空。全てから色素がなくなってしまったような世界で、雪を被りながらも赤く佇む東京タワー。それは静かに燃えているように見えた。
ここは、物置きです。
書いたものを置いておく場所。